一日散策 関西歴史紀行 【曼殊院道 Manshuinmichi】

京都の通り1本を端から端まで 1日で歴史を味わう散策コース

PLAN05 曼殊院道 Manshuinmichi

曼殊院道 Manshuinmichi
曼殊院道 Manshuinmichi
曼殊院道 Manshuinmichi
曼殊院道 Manshuinmichi曼殊院道 Manshuinmichi

 曼殊院道は、その名の通り「曼殊院門跡」に向かう道で、京都市内北部、高野川沿いの川端通から曼殊院の門前へ、東西に延びる道です。

 天台宗の寺院へ続く道にその名が付けられたのは比較的新しく、とは言っても、もともと比叡山の小さな坊からはじまり、その後現在の金閣寺近くに移り、さら相国寺付近に移動、明暦2年(1656)に現在の地に落ち着いたので、すでに360年以上前のこと。当時この界隈には多くの竹が繁茂していたことから「竹内(たけのうち)門跡」とも呼ばれていました。

 今回は、叡山電車「一乗寺駅」を起点にして歩き出しましょう。

 出町柳から八瀬・鞍馬方面に走る叡山電車。出発駅の出町柳から3つ目の「一乗寺駅」は、ラッシュ時以外は無人駅で切符は電車内で渡します。駅を降りて踏切を越え、東の山が見える方向へ進みます。この通りは小さな商店が軒を連ねています。学生も多いことから、いい本を揃えた本屋さんや、ライブをやっているカフェ、安くてうまい定食屋などもあります。

 東に進んでいくと、南禅寺前の仁王門通から、北の宝ヶ池まで伸びる通りである白川通が見えてきます。白川は、琵琶湖から京都市内へ流れ込む支流で、おしゃれなブティックやレストランが並ぶファッショナブルなストリートです。またいつかご紹介したいですね。

白川通をまたぐ信号を越えると比叡山系の山裾となり、ゆるやかな坂道になります。ここから比叡山へ登る古い道を「雲母(きらら)坂」といい、かつては多くの比叡山に向かう人々の通り道でしたが、今はあまり使われない古道となっています。雲母の名は、この界隈に多く見られる花崗岩に含まれる「雲母(うんも)」がその由来であると言われています。「雲母漬け」や、銭湯の名に「雲母」が付けられています。

 そんないにしえの道をゆっくりと歩いて進んでいきましょう。

一乗寺下り松

一乗寺下り松

 白川通から少し坂を上ったところに松が植えられた石碑が建っています。「一乗寺下(さが)り松」という木製看板があり、「江戸時代はじめ、この地で、剣客・宮本武蔵が吉岡一門数十人と決闘を行った伝説が有名で……」と記されています。

 剣豪宮本武蔵といえば、佐々木小次郎との巌流島の決闘が有名ですが、江戸初期に京都の兵法者である吉岡一門と幾度か戦い、すべて武蔵の勝利となっています。

 その後、武蔵は姫路城や明石城で庭づくりをおこなったり、熊本藩主・細川忠利に招かれて客分になるという、なかなか数奇な人生を送ります。ここ「一乗寺下り松」での決闘当時、武蔵は20歳を超えたばかりの若者でした。

一乗寺下り松
詩仙堂
詩仙堂詩仙堂

詩仙堂

 江戸初期、文人である石川丈山(じょうざん)が隠棲の地として30年余を過ごした山荘が詩仙堂で、正式名を「凹凸窠(おうとつか)」といい、山の斜面のでこぼことした地に建てたことがその由来です。

 詩仙堂という通名は、中国の詩人36人を狩野探幽に描かせ、丈山みずからがその詩文をしたためた「詩仙の間」から採られたもので、丈山の文芸への思いの篤さをうかがい知ることができます。

 もともと三河(愛知県東部)出身の武家であった丈山は、幼い頃から学問好きでしたが、時代は大坂の陣勃発の頃。家康東軍の兵として戦い、武功を挙げたといわれています。その後、芸州(現在の広島)浅野家に乞われ13年過ごした後、「母の世話をする」という理由でここ一乗寺に庵を建てたのが詩仙堂の始まりで、時は寛永18年(1641)のこと、丈山59歳の時で、90歳で没するまでここで暮らしました。

 作庭の名手でもあった丈山の作である庭園は、四季折々の風雅な移ろいを楽しむことができ、座敷に座って眺めれば時間が経つのも忘れてしまいます。

詩仙堂丈山寺

〒606-8154
京都市左京区一乗寺門口町27

075-781-2954

 5月23日

午前9時~午後5時(受付終了午後4時45分)

大人500円/高校生400円/小中学生200円 
http://www.kyoto-shisendo.com/Ja.html
双鳩堂詩仙堂茶店

双鳩堂詩仙堂茶店

 詩仙堂を出たところに小さな和菓子屋さんがあります。「双鳩堂詩仙堂茶店」です。店の名前になる「鳩」を意匠にした「鳩餅」は、白(砂糖)、緑(抹茶)、茶(ニッキ)の3種類があり、どれも懐かしい味が楽しめます。

 また、人気の「でっち羊羹」は、あっさりとした甘味で、ペロリと食べてしまえます。おかき類などもあり、お土産にいいですね。この詩仙堂茶店は戦後から営業していて、店に立つ女将さんが優しい笑顔で迎えてくれます。本店は叡山電車修学院駅前にあり、そちらにも立ち寄りたいですね。

双鳩堂詩仙堂茶店

双鳩堂詩仙堂茶店

〒606-8154
京都市左京区一乗寺詩仙堂横

075-712-3925

午前10時~午後5時
木曜日
曼殊院門跡
曼殊院門跡曼殊院門跡

曼殊院門跡

 洛北の名寺として名高い曼殊院門跡。門跡寺院とは、皇族や貴族の子弟が出家して住持となるお寺のことです。

 曼殊院の歴史は、伝教大師最澄が8世紀に比叡山西塔(さいとう)北谷にあった東尾坊(とうびぼう)をその源流とし、その後、京都の町中に移転し、現在の地に移ったのは明暦2年(1656)のこと。桂宮智仁親王の御次男・良尚(りょうしょう)法親王の時で、親王は庭園、建築などに創意工夫を重ね、江戸初期の代表的な書院造り様式を踏まえつつ設計されたもので、父・智仁親王が手掛けた桂離宮とその美観意識に共通性が見いだせます。小説家の司馬遼太郎氏は、寺というより公家の別荘のような雰囲気が漂っていると『街道をゆく16・叡山の道』に書いています。公家文化とは、芸術的表現が結晶化して昂揚した、すぐれた美意識を持つ文化のことで、桃山時代に生まれ、江戸初期に花開きます。その代表的な建築物が曼殊院であり、桂離宮です。そうしたことから、曼殊院は「小さな桂離宮」とも呼ばれています。

 その美の象徴を、例えば枯山水の庭園に見ることができます。遠州好みの庭といわれ、庭の芯に滝石があり、白砂で表わされた水が流出し、滝の前の水分石(みずわけいし)から広がり、水面には鶴島と亀島が置かれています。鶴島には樹齢400年を超える五葉の松が鶴を象り、亀島にも松がかつて植えられていました。禅の思想と公家の王朝風の香しさが融合した、見事な庭です。

 また、大書院(おおしょいん)小書院(こしょいん)は、書院造りでありながらも、格式・様式を極力排した数寄屋風の、客人をもてなす思想が込められています。伝統建築学者の中村昌生氏は、この庭と建物の調和の美しさは、日本が持つ美しさの極致ではないかと語っておられます。

 比叡山の山裾に建つ曼殊院で、この国が造り上げてきた深い文化の息吹を感じ取ってみてはいかがでしょう。

曼殊院門跡

〒606-8134
京都市左京区一乗寺竹ノ内町42

075-781-5010

午前9時~午後5時(受付は~午後4時30分)
一般600円/高校生500円/中小学生400円
50台無料(拝観時のみ・普通車)
関西セミナーハウス

関西セミナーハウスでおいしいコーヒーを……

 曼殊院から少し北へ歩くと、関西セミナーハウス(修学院きらら山荘)という、瀟洒な建物があります。ドイツ発祥のアカデミー運動の関西拠点として、日本クリスチャン・アカデミーによって開設された場所で、能舞台や茶室などを備えています。また、宿泊施設も提供され個人でも投宿できます。

 ここの喫茶室では、比叡山から湧き出る天然水を使ったコーヒーを愉しむことができ、曼殊院道散策の途中、立ち寄りたいものです。

 古都京都のこの界隈は、古刹や寺社仏閣が建ち並んでいますが、クリスチャンの施設が同じように建っているところに京都という町の懐の深さをうかがい知ることができますね。

関西セミナーハウス

関西セミナーハウス

〒606-8134
京都市左京区一乗寺竹ノ内町23
075-711-2115
午前9時〜午後5時
http://www.kansai-seminarhouse.com/
帰り路
帰り路帰り路

帰り路

 曼殊院の門前の坂道をゆっくりと下りながら帰路に就く途中、時間があれば松尾芭蕉や与謝野蕪村ゆかりの「金福寺(こんぷくじ)京都市左京区一乗寺才形町20」や、徳川家康が開基し、学問と出版の寺として有名な「円光寺(えんこうじ)京都市左京区一乗寺小谷町13」などを巡って行くのもいいかもしれませんね。

 叡山電車「一乗寺駅」まで戻るのもよし、市バス「一乗寺下り松」から京阪三条、四条河原町、京都駅方面へ乗ることもできます。

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