一日散策 関西歴史紀行 【夷川通Yebisugawa】

京都の通り1本を端から端まで 1日で歴史を味わう散策コース

PLAN12 夷川通 Yebisugawa

PLAN12 夷川通Yebisugaw
PLAN12 夷川通Yebisugaw
PLAN12 夷川通Yebisugaw
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 夷川通は、丸太町通の二本南の東西に延びる通り。京の通りのわらべ歌、「♪~丸竹夷二押御池姉三六角蛸錦~♪」の三文字目の通りで、京の家具屋街として有名な通りです。丸太町通はその名の通り丸太、材木店が多かったことから、北山あたりから伐り出した杉などの木材をこの夷川界隈で製材し、家具に仕上げたのでしょうか。家具屋の数は減少し、かつての盛況は薄れているものの今も家具屋が何軒か並んでいます。

 平安京の冷泉小路(れいぜいこうじ)が現在の夷川通にあたるとされています。二条城が建てられる以前は大内裏があり、その南東角に冷泉院がありました。弘仁7年(816)に嵯峨天皇が行幸した記録があり、天喜3年(1055)に移築されたとあります。冷泉院の前の道であることから冷泉小路となったと思われます。

 現在の夷川通は、堀川通から鴨川の西岸までの区間を指しますが、かつては鴨川を越えた東にも夷川の地名表記看板(仁丹の看板)が残ることから、通りは今よりも長かったのではないかと推測されます。鴨東には「冷泉通(れいせんどおり)」という通りもありますが、夷川通との関係ははっきりと分かっていないようです。

 夷川通の西の端、二条城がある堀川通に、小さな橋が架けられています。「夷川橋」です。ここを起点にして夷川通を東へ向かって歩き出しましょう。

 夷川通は商人町なので、かつては多くの職人さんが通りを行き交っていたようです。商人たちを目当てにしたうどん屋などが並んでいたそうです。いそがしい商いの合間を縫って、うどんと稲荷寿司をつまんでいたのでしょう。慌ただしく店に入って来て暖簾をくぐり、「すうどん!」と奥に向かって叫ぶ。そんな情景が目に浮かびます。表まで漂う出汁の匂い、「番頭は~ん!」と言いながら店に飛び込んで旦那を呼びに来る丁稚の姿……もしかしたら繰り広げられたかもしれない情景が見えてきそうです。

京都新聞社

烏丸通あたり

 夷川通と烏丸通が交差するところには、京都新聞社があります。明治12年(1879)、「京都商事迅報」という経済専門誌として創刊されたのがはじまりで、以来京都府、滋賀県を中心に広く読まれている新聞です。古都京都の新聞社らしく、歴史文化や宗教関係の記事も多く、一部買い求めてみるのもいいでしょうね。

中沼了三碑

中沼了三の碑

 夷川、烏丸通の南東角に中沼了三(なかぬま りょうぞう)の石碑があります。隠岐国、現在の島根県隠岐の島出身で、幕末の京都で中沼塾を開きます。門人には西郷従道、桐野利秋など薩摩藩士が多く、鳥羽・伏見の戦いでは新政府軍参謀として活動、明治維新後は明治天皇の侍講となり、昌平学校(後の東京大学)の教授職も務めました。怒濤の時代を生き抜いた中沼了三……現代から忘れ去られている人物ではないでしょうか。

豆政
豆政豆政豆政

豆政

 京名物「夷川五色豆」の名を一度は耳にしたことがありませんか?色鮮やかな白、青、赤、黄、黒の五色の豆。宮中の五彩色を表したもので、縁起物として京の町衆からも全国の人々からも人気を集める逸品です。

 「豆政」は、ここ夷川で明治17年(1884)、豆の雑穀商として角田政吉が創業しました。やがて砂糖豆や塩豆の製造販売をはじめ、明治20年に夷川五色豆の原点である「五色砂糖掛豆」が生まれました。以来、定番の京の名物として人気を集めています。

 厳選された素材を選び、仕込みに清らかな湧き水を使ってつくられる「夷川五色豆」をはじめ、春秋の風情を織りまぜた京銘菓「すはまだんご」、宇治抹茶を使った「茶だんご」、「夷川五色豆」に洋風のテイストを加えた「クリーム五色豆」など、古くて新しく、新しくて懐かしい商品が豊富にそろっています。散策の途次、立ち寄ってお土産に、あるいはつまみ食いにいいかもしれませんね。

豆政

〒604-0965

京都市中京区夷川通柳馬場西入六丁目264

075-211-5211
午前8時~午後6時
日曜日
http://www.mamemasa.co.jp/
ハリストス正教会

京都ハリストス正教会

 こげ茶色の町屋が並ぶ通りの間に、純白の西洋建築物が目に飛び込んできます。
京都ハリストス正教会の生神女福音(しょうしんじょふくいん)大聖堂です。

 明治33年(1900)11月に大聖堂建設工事が始まり、明治36年(1903)5月10日、聖ニコライの司祷により成聖式(竣工式)が開かれました。

 正教会とはキリスト教のなかで、ローマンカトリックやプロテスタントが西ヨーロッパを中心に広がったのに対し、中近東からギリシャ、東欧、ロシアに広がったものを東方正教会といいます。

 日本へは江戸末期、函館のロシア領事館付きの司祭であったニコライによって伝道されました。ニコライといえば東京の神田駿河町にあるニコライ堂(正式名=東京復活大聖堂)を思い起こすかもしれません。京都ハリストス正教会も、東京のニコライ堂、函館の復活聖堂、愛知県の豊橋聖使徒マトフェイ聖堂と共に知られています。

 毎日午前10時から主日聖体礼儀の祈祷が、毎週土曜日の午後5時からは晩祷がおこなわれ、聖歌の会、学びの会などが開かれています。詳しいことは教会にお問い合わせください。

京都ハリストス正教会

〒604-0965
京都市中京区柳馬場通二条上る六丁目283
075-231-2453
家具の櫻井
家具の櫻井家具の櫻井

有限会社櫻井唐木本店

 家具の街・夷川通で150年の歴史を持つ老舗「櫻井唐木本店」は、座敷机を中心に和室用家具調度品の専門店として豊富な品揃えの店。「お座敷机専門店」という看板は、実にユニークですね。

 店内には黒檀、紫檀、花梨などの唐木の製品をはじめ、さまざまな机、飾り棚、鏡台、煙草盆、火鉢、金具だんすなど、古き良き時代を感じさせるものが所せましと並んでいます。店頭や店内に並ぶもののなかから、あなたの暮らしにふさわしい一品を選んでみてはいかがでしょう。

有限会社櫻井唐木本店

〒604-0964
京都市中京区夷川通富小路東入南側
075-231-2532
午前9時~午後6時
月曜日
本因坊レリーフ

寺町通「本因坊発祥の地」石碑

 夷川通と寺町通が交わるところに、「本因坊」発祥の地の石碑と、石造の碁盤が置かれています。かつてこの界隈にあった寂光寺(現在は左京区仁王門通東大路西入ル)の塔頭「本因坊」の日海は囲碁の名人として名高く、徳川家康に招かれて江戸幕府の碁所を任された人物。

 その後、囲碁は江戸・明治・大正期を家元制として受け継がれましたが、昭和13年(1938)実力性へと移行。昭和16年(1941)、第一期本因坊戦が開催され現在も続いています。

一保堂茶舗外観

河原町通から鴨川へ

 寺町通に突き当たった夷川通は、少し南へ折れ曲がって鴨川へと続いていきます。一保堂茶舗の角を曲がり、河原町通へ歩いて行くと道の向こうに鴨川の情景が見えてきます。

鴨川情景

鴨川にむかし架かっていた夷川橋

 先述したように、この夷川通は鴨川に橋が架けられ、川の東地域にも通りを伸ばしていました。その痕跡でしょうか、鴨川には橋の礎石が残っていています。人々がこの石を踏み飛んで渡っています。橋は昭和10年頃まで掛かっていたようですが洪水で流され、その後再建されなかったそうです。

 大きな河原がある川を持つ町は開放感があっていいものです。家々が並ぶ路地を抜けて空が高い場所に出ると爽快感があります。京都の町中を流れる鴨川は、豊かで暮らしやすい町の証しといえます。この河川敷を歩いて南へ下がれば、京阪電車の「三条京阪駅」はすぐです。

河原町通交差
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