一日散策 関西歴史紀行 【堺町通 Sakaimachi】

京都の通り1本を端から端まで 1日で歴史を味わう散策コース

PLAN17 堺町通 Sakaimachi

PLAN17 堺町通 Sakaimachi
PLAN17 堺町通 Sakaimachi
PLAN17 堺町通 Sakaimachi
PLAN17 堺町通 SakaimachiPLAN17 堺町通 Sakaimachi

 堺町通は、京都の繁華街の中を南北に走る通りで、南は五条通、北は丸太町までの比較的短い区間をつないでいます。通りの途中、仏光寺通と高辻通の間は建物などにより分断されています。

 桓武天皇の平安京遷都の時代には存在しなかった通りで、天正18年(1590)、天下を取った豊臣秀吉がおこなった「天正の地割」によって誕生した通りです。「天正の地割」とは、秀吉が建設した聚楽第により、御土居が造成され、寺院などが一カ所にまとめられた京都大改造で、これにより洛中は、南北に120m、東西に60m間隔の長方形となりました。

 秀吉の「天正の地割」が行なわれたエリアは、東の寺町通から西の大宮通までで、五条通と丸太町通の間が多く、この時に造られた通りとしては、「関西歴史紀行」でご紹介した醒ヶ井通をはじめ、御幸町通、富小路通、車屋通、衣棚通、釜座通など複数存在します。

 堺町という名称は、大阪船場と堺を結ぶの「堺筋」とは異なり、洛中のにぎやかな町並みが途切れ、ここから西の区域には田畑が広がった鄙地であったことから、境界線としての「堺」として名づけられたそうです。

 堺町通の北の果ては京都御苑で、堺町御門が建っています。幕末、長州藩がこの御門を護っていましたが、公武合体派の公卿や会津、薩摩両藩が長州藩を追放するという政変が起こった場所として歴史に残っています。御門の前は丸太町通で、江戸時代以前から通りに面して多くの材木商が軒を連ねていました。

 今回は、京都市営地下鉄「五条駅」を起点にして、「上(かみ)に向かって」ゆったりと歩いて行きましょう。

鐡輪跡

謡曲傳示「鐡輪跡(かなわのあと)」

 堺町通の松原通を少し下がったところに、謡曲傳示「鐡輪跡」なる石碑が建っています。正式な名前を「鉄輪の井戸」といい、能楽の祖である世阿弥の「鐡輪」に登場する鬼女が使った井戸であるとか、茶屋の女房が身を投げたなどの説が流布しています。裏切られた女性が頭に鉄輪を付け、鞍馬の貴船神社に丑の刻参りをして呪い殺そうとしたという怨念が込められた井戸です。

 平安京は、風雅で華やかな一面ばかりではなく、光があれば影の部分も濃くなるように、負の遺産も数多く残っています、この「鐡輪跡」もその一つといえそうです。

五條邊・夕顔之墳

源語傳説「五條邊・夕顔之墳」

 松原通を上ルと、「夕顔之墳」という石碑が民家の軒先に建っています。夕顔とは紫式部の『源氏物語』の登場人物で、六条御息所の元へ行く途中、光源氏がこの五条付近にあった荒れた屋敷にいる夕顔を見かけ、通うようになります。しかし、六条御息所ともいわれる物の怪に取り憑かれ、夕顔は亡くなってしまいます。この石碑のある民家の裏に、墓所があるそうです。

 夕顔と呼ばれたのは、粗末な屋敷の前に可憐な夕顔の花が咲いていたからで、今もこの地域は「夕顔町」という地名が残っています。平安時代の名残がいくつも京都には存在しています。

佛光寺
佛光寺佛光寺

佛光寺

 堺町通を北へ進んでいくと、高辻通で道は行きどまってしまいます。左に折れると、立派な瓦屋根の建物が見えます。佛光寺です。浄土真宗佛光寺派の本山で、親鸞聖人によって山科の地に創建されたと伝えられています。

 佛光寺の名は、後醍醐天皇が見た夢で、天から一筋の光が差し込んできて、盗難に遭った阿弥陀如来像の在り処を指し示したことから、佛の光という寺号になったそうです。応仁の乱で戦火にまみれるものの、秀吉の京都大改造の折に、現在の地に落ち着きます。広い境内を散策してみてもいいでしょう。

 佛光寺の門前を北に進むと、大行寺(だいぎょうじ)という佛光寺派の寺の門があります。ここを右折し、すぐまた左折すると堺町通になります。この区間、堺町通は途切れていますので、歩く際にはご留意ください。

四条通
四条通四条通

四条通へ

 民家や商店が軒を連ねる堺町通。森下仁丹の懐かしい琺瑯看板が軒先に掲げられています。それらを眺めながらゆっくりと進んでいくと、にぎやかな四条通と交差します。

 京都のメインストリートである四条通には、デパートをはじめオシャレなブティックや雑貨店、飲食店などがあり、多くの人たちが歩いています。

 証券会社のビルの片隅に「佐賀鍋島藩屋敷跡」という石碑があります。肥前国佐賀郡の外様藩であり、肥前藩とも鍋島藩とも呼ばれていますが、この藩といえば『葉隠』を思い起こす人も多いでしょう。「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」という一文を憶えているかもしれません。江戸中期、佐賀鍋島藩士である山本常朝が武士の心得を唱え、それを書き起こしたものがこの書で、正式には『葉隠聞書』と呼ばれています。

 江戸時代、四条通界隈には犬山成瀬、阿波蜂須賀、安芸浅野、薩摩島津の屋敷など数多く建っていたようです。石碑が建っていないところもあるようですが、古い地図を見ながら探してみるのも一興ですね。

錦小路通り

錦小路通りのにぎわい

 京の台所といえば、錦市場。この東西に延びる市場は、錦小路通の一部でもあります。今はすっかり海外からの観光客も多くなり、英語や中国語でやりとりする店子も見かけます。しかし、以前は京都の人たちが買い物に来る市場でした。

 錦市場の少し手前の堺町通に「錦湯」という風呂屋があります。昭和2年開業で、建物内はレトロなタイル張りだそうです。ライブや落語会なども開かれ、観光客もお湯を使いに来るそうです。時間があれば「ひとっ風呂浴びていきたい」ものです。

石田梅巖

石田梅巖(ばいがん)とは何者か?

 堺町通を歩いていきますと、「石田梅巖邸址」の石碑が駐車場の片隅に建っています。
石田梅巖(1685~1744)は江戸時代の思想家で倫理学者、「石門心学(せきもんしんがく)」という学問の開祖。「学問とは心を尽くし性を知る」として、心と自然が一体となる教えを説きました。

 梅巖は45歳になってから自宅で教室を開き、性別も身分も問わず、すべて無料で奉仕しました。この当時、士農工商の身分制度は強く、男女の区別も歴然としていた時代でした。そうした中、石田はすべての受講者を受け入れ、日々生きて行くための実践的な生き方の哲学を教えます。

 なかでも商売に関する哲学では、商人の倫理を厳しく戒めながらも、商人の地位は決して低いものではなく、プライドを持つべきものだと説いたことから、多くの商人の支持を受け、京都のみならず大坂にも講演に出かけたりして人気者だったのでしょう。

三条通

三条通を越えて……

三条通、御池通を越えると堺町通もいくぶん閑静になってきますが、お洒落なカフェなどが最近、オープンしています。

御池通を上がって歩いて行くと、緑が溢れる京都御苑の堺町御門が遠くに見えてきます。街の中に自然が広がる一帯があるというのは、実に贅沢なものですね。

三条通
堀野記念館

堀野記念館

 この界隈は御所南と呼ばれる住みやすい地域です。ここに、キンシ正宗発祥地・洛中の酒蔵「堀野記念館」の懐かしい雰囲気の建物が見えてきます。

 天明元年(1781)、初代松屋久兵衛がここに造り酒屋を創業したことに始まり、明治13年(1880)には伏見に移転しますが、現在も屋敷や酒造りの道具類、蔵、湧き水などが残っていて、内部を見学することができます。

 酒造りといえば「水」です。この界隈には良い湧き水を持つ水脈があり、堀野記念館の中庭に「桃の井」という柔らかくておいしい水が今も滾々と涌き出ています。京の名水「染井の水」と水脈を同じくする名水で、1年を通じて温水16度、毎分3トンもの豊富な水量で湧き出ています。桃の木の下の湧水であることからこの名前が付けられたそうです。

 この名水を使って麦酒が今も製造されています。口当たりの爽やかなケルシュタイプの「町家麦酒」、まろやかな味わいの「花街麦酒」、コクとキレのよい黒ビールの「京都平安麦酒」、フルーティーな「京都はんなりIPA」は、散策の途中に召し上がってもいいでしょうね。もちろん純米大吟醸「松屋久兵衛」、純米吟醸「金鵄正宗」などをお土産にしてもいいですね。

 堀野家の屋敷に足を踏み入れると、商談をする階下の部屋から、大切な客人を迎えての宴会を楽しむ二階の本座敷など、昔の中京の商人衆の暮らしぶりをうかがい知ることができます。

堀野記念館

〒604-0811

京都市中京区堺町通二条上ル亀屋町172

TEL/FAX:075-223-2072
  
無料(町家と酒造りの道具や井戸、文庫蔵が見られます。 ビール工場の見学は含まれておりません。10名以上での団体様別途ご相談ください。)
午前11時~午後5時(受付は4時30分まで)
2018年は毎週火水曜日
(7・8月は臨時休館あり。イベントによっては臨時休館あり。詳しくは堀野記念館のページをご覧下さい。)
http://kinshimasamune.com/horino/
堺町御門

京都御苑「堺町御門」

 丸太町通に出たところで、堺町通は終点となります。目の前に堺町御門が見え、その向こうに広大な御苑が広がっています。御苑は丸太町通と今出川通までの間に広がり、苑内には清々しい建物や自然があります。もう少し散策したいなら、ぜひとも京都御苑内を歩いてみてください。

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