一日散策 関西歴史紀行 【御幸町通 Gokomachi】

京都の通り1本を端から端まで 1日で歴史を味わう散策コース

PLAN019 御幸町通 Gokomachi

御幸町通 Gokomachi
御幸町通 Gokomachi
御幸町通 Gokomachi
御幸町通 Gokomachi御幸町通 Gokomachi

 今回は、御幸町通です。「ごこうまち」と読み、平安京建都のときには存在しなかった通りです。この通りも、豊臣秀吉の京都大改造の折に造られた通りで、南は五条通、北は京都御苑前の丸太町通までとなっています。秀吉が大坂や伏見から上洛するとき、御所に向かう通りとして使った通り、という説が残されています。

 さて、京都を語る上でしばしば登場する豊臣秀吉の「京都大改造」。正式には「天正の地割」と呼ばれる都市計画で、織田信長亡き後、天下を取った秀吉は1586年(天正14)、平安京の大内裏跡に「聚楽第(じゅらくだい)」の建設を始めます。この「聚楽第跡」については、関西歴史紀行「千本通篇」で触れていますので、ご参照ください。

 その後も秀吉は商業の発達を考え、新しい町割り、通りなどを造ります。通りでは東は寺町通、西は大宮通にかけての区域です。

聚楽第を拠点とした城塞都市を描いていた秀吉は、洛中を囲む「お土居」を構築します。総延長約23キロ、高さ5メートルの土塁で、外敵侵入を防ぐとともに、京都を流れる賀茂川の洪水氾濫から町を護る役割がありました。秀吉は、京都を強固な守りを持ち、敵が攻めづらい巨大な城郭都市の実現を夢見ていたのでしょう。

 今回の御幸町通は、秀吉が通ることから縁起のいい名が付けられているようです。聞くところによれば、地元の人達は「ごこうまち」と呼ばず、「ごこまち」と短縮してしまうことが多いそうです。
 通りに沿って飲食店や古着屋などが軒を連ねていて、北から南に向けての一方通行であるため、車の進行方向を頭に入れておけば快適に歩けます。

 では、京阪電車の「清水五条駅」を起点にして、御幸町通を北に向かって歩きはじめましょう。

五条大橋を越えて

五条大橋を越えて

 京阪の駅から五条大橋を渡ります。車の往来が多い五条通はやがて河原町通と交差します。河原町五条の交差点を西へ渡ってすぐのところに「御幸町通」があります。あまりに細くて狭い通りなので、見落としてしまうかもしれません。道の角に建つこのビルを目印にしてください。
 南から歩き出すので、車は正面からしか来ない一方通行です。すぐ横が交通量の多い河原町通ですが、御幸町通は静か。商家風の建物が並んでいます。

五条大橋を越えて
一保堂茶舗(いっぽどうちゃほ)
一保堂茶舗(いっぽどうちゃほ)一保堂茶舗(いっぽどうちゃほ)

わが国の教育の歴史を学ぶ~京都市学校歴史博物館

 御幸町通に交わる高辻通を上ルと、西側に「京都市学校歴史博物館」が見えてきます。
 ここでは、京都の教育の歴史と、学校教育に尽力してきた京都の人々の思いを知ることができる博物館。

 明治維新によって東京に都が移り、京都は新しい時代から取り残されるのでは……といった危惧がありました。そこで京都人は町の発展のため、琵琶湖から疎水を引き、水力発電所を建設し、その電力で市中を走る市電を開業するなど、町の近代化を目指しました。また、その発展計画のなかに「学校教育」がありました。

 明治5年(1872)に発令された学制交付に先立つこと3年前の明治2年、わが国で最初となる学区制小学校が京都市内で開校します。その数なんと64校。これらは「番組小学校」と呼ばれます。番組と聞くと、テレビ番組と思いがちですが、京都には「町組」という自治組織があり、明治の代になり、上京・下京とも通し番号を付けました。そのことから、「町組」を「番組」と呼ぶようになったのです。

 展示室には、番組小学校創設の資料をはじめ、当時から近年まで使われた教科書、教材などの資料、美術工芸品やピアノ、オルガンなど、懐かしい品々が置かれています。
 江戸時代から寺子屋など教育に力を入れてきたわが国は、「読み書きそろばん」を学び、識字率もとても高かったといわれています。「教育」に対する先人たちの思いの強さ、熱さを感じますね。

 建物は元京都市立開智小学校(明治2年6月、下京第11番組小学校として開校~平成4年閉校)跡地で、入口の正門は、明治34年(1901)に建築された旧成徳小学校の玄関車寄せ高麗門で、国の登録有形文化財に指定されています。まるで城の入口のようですね。

 ぜひ立ち寄って、小学校時代の思い出とともに、わが国の学校教育の歴史に触れてみてはいかがでしょう。

京都市学校歴史博物館

〒600-8044
京都市下京区御幸町通仏光寺下る橘町437
075-344-1305
入館料:大人200円/小人(小・中・高校生)100円/小学生未満無料
団体(20名以上):大人160円 小人80円
(京都市内の小中学生は土曜・日曜は無料)
午前9時~午後5時(入館は午後4時半まで)
水曜日(休日の場合は翌平日)/12月28日~1月4日
http://kyo-gakurehaku.jp/Default.htm
寺町二条のカーブ「市電と檸檬」
一保堂茶舗(いっぽどうちゃほ)一保堂茶舗(いっぽどうちゃほ)

仏光寺通から寺町通に寄り道して、四条通へ

 御幸町通を上(かみ)に向かって進みましょう。仏光寺通と交差するあたりに、懐かしい仁丹の琺瑯看板が掛かっています。
明治40年代から、大阪、京都、名古屋、東京の街角の住所表示看板として、森下仁丹が備え付けだしたものですが、京都以外の都市は第二次大戦の空襲により、その大半が町とともに焼失してしまいました。
 イラストの大礼服を着た髭の人物は、軍人と思われているかもしれませんが、実は外交官だということです。
 一本東側に走る寺町通方面に鳥居が見えます。京都大神宮です。江戸時代の人々に篤く信仰された「お伊勢参り」ですが、伊勢神宮まで出かけられない人の為に建てられたのがこの京都大神宮です。繁華街のなかにある神宮には、外国人観光客も多く訪れています。

 四条通に出ました。舗道を拡張したため車道が一車線になりましたが、歩く人にはおおむね好評です。
御幸町通四条の角に「藤井大丸」という百貨店が建っています。大丸の名ですが、「大丸松坂屋百貨店」とは関係がなく、明治3年(1870)に創業した藤井大丸呉服店が原点。今もファッション、アパレル関係が多く、若者向けのセレクトショップなども展開し、京都人には人気を集めています。ちょっと立ち寄ってみたいスポットですね。

のんびりと、御幸町通を歩く
のんびりと、御幸町通を歩く一保堂茶舗(いっぽどうちゃほ)

のんびりと、御幸町通を歩く

 通り沿いに時代劇に出て来るような建物に出会いました。「近又」という料理旅館です。享和元年(1801)創業で、近江国からくる薬商人の定宿「近江屋」が原点だそうです。明治31年、近江屋又八の名から「近又」と屋号を改め、現在は京懐石の料理店です。旅館の方は一日三組限定の宿として人気を集めているそうです。

 錦小路の市場は、人並みが切れることがありません。錦の少し上には、小さな路地が東西に延びています。夜ともなればおいしい匂いが店々から漂ってくるのでしょう。

 三条通の角に「旧大阪毎日新聞京都支局ビル」があります。今は「アートコンプレックス1928」という名のダンスや演劇、音楽など複合的な表現の場として、若者を中心に人気を集めています。現在、ロングランのステージがおこなわれています。かつて、多くの新聞記者が出入りしていたんでしょうね。ちなみにビルが建築されたのは1928年(昭和3年)のことです。

「藤本鐡石寓居跡之址」石碑<

「藤本鐡石寓居跡之址」石碑

 通りの片隅、自動販売機と看板の間に埋もれるようにして石碑が建っています。
 藤本鐡石とは、岡山藩の手代でしたが脱藩して京都に来て書画家になりました。しかし時代は幕末。尊皇攘夷派の者たちと交流するうち、その思想に傾倒します。
 文久3年8月に孝明天皇の大和行幸の詔が発せられると、吉村寅太郎、松本奎堂とともに大和へ向かい、天誅組を結成します。しかしその後、三条実美らの攘夷派が失脚し、長州藩も京都を去ったことから、天誅組は孤立。幕府軍との戦闘で藤本鐡石は弟とともに、奈良吉野の山中で戦死してしまいます。
 書画家として生徒を集めて教えていたのがこの場所なのかどうか不明ですが、ユーモラスで書画の才能があった藤本鐡石。幕末ではなく、平穏な江戸時代や、明治の代であったなら、芸術家として開花していたかもしれませんね。

石碑の場所:京都市中京区御幸町通三条上る東側

新島旧邸
のんびりと、御幸町通を歩く

御幸町通ぶらぶら

 御池通を上ルと、御所南という閑静な、それでいて洒落た店などが点在するエリアになります。とはいっても、お風呂屋さんや昔ながらの散髪屋さんなどもあり、庶民的な風景も情景も広がっています。
 老舗高級旅館の別館や、日本キリスト教団京都御幸町通教会会堂があり、浄土宗のお寺が自然に建ち並んでいます。「歌舞伎音楽稽古場」の手描き看板を掲げた家もあり、異なるものがバラバラに並んでいると思われるでしょうが、不思議と調和しています。
 これが御幸町通、御所南の面白さではないでしょうか。

珈琲専門店でブレンドコーヒーを……
珈琲専門店でブレンドコーヒーを……

珈琲専門店でブレンドコーヒーを……

 夷川通との角に一軒の町家があります。王田珈琲専門店です。

 店主の王田さんが、その日の珈琲豆のコンディションを見ながら、3種類の豆をブレンドして淹れる珈琲。熱々の湯気が上がる珈琲ではなく、珈琲の持つうまさが最もふさわしい湯加減で点てられます。
 注文してから、丁寧に抽出されるので、少しウェイティング。店に流れるスィングジャズの旋律を楽しみ、店内の情景を眺めていましょう。するともしかしたら、いま自分が京都にいることを忘れ、シカゴの片隅だとか、パリの石畳の路地の奥にある店に座っているような錯覚にとらわれます。

 御幸町通散策の終盤、ここに立ち寄ってブレンド珈琲と、手造りのチーズケーキを注文してみました。
 珈琲は濃厚でありながらも深い味わいがあり、舌の上を「珈琲が何か語りながら」通り過ぎていくようです。そして、チーズたっぷりのケーキには、白味噌が隠し味として用いられていて、口の中で何か発見したような気持になります。
 店主の王田さんは、まるでボクサーのような身のこなしで珈琲を点ててくれます。
 どこかアスリートの雰囲気を持った人物です。

 御幸町通を歩いてきて、ほどよく喉から湿り気がなくなった頃合いに、ここ王田珈琲専門店に行き当たります。立ち寄ってカウンター席に腰を掛け、珠玉の珈琲時間を過ごしてみてはいかがでしょう。

王田珈琲専門店

〒604‐0982
京都市中京区御幸町通夷川上ル松本町575-2
075-212-1377
正午12時~午後11時/金曜・土曜は午前0時まで
月曜日(祝祭日の場合は営業)
http://coffee-senmon.jugem.jp/

丸太町通へ

 王田珈琲専門店を出て少し歩くと、目の前には京都御苑の森が広がっています。車の往来激しい道は丸太町通。御幸町通はここで終点となります
 京都御苑を散策するのもよし、鴨川の河原でのんびりするのもよし。東の河原町通から丸太町大橋を越えると、京阪の「神宮道丸太町駅」が見えてきます。

 いい散策日和を選んで、御幸町通を散策してください。

関西城紀行TOPにっぽん紀行TOP
《 広告に関するお問い合わせはこちら 》
株式会社日豊社
〒530-0044 大阪市北区東天満1丁目12番13号 IAG天満ビル
TEL 06-6357-3355 FAX 06-6357-3406

PAGEトップへ